言葉遣いを変えてみた

わかる人はぼくの言葉遣いが変わったことに気づくと思うが、それにはいくつかの理由がある。

という書き出しからもわかると思うが、ぼくという人間に興味がない場合、今回の記事はまったくなんの役にも立たないから、速やかに立ち去るのがよいと思う。

……立ち去っただろうか?

ここできちんとふるいにかけておくあたり、ぼくという人間はつくづく読者にやさしい善良な人間ではあるまいか。

そうでもないか。

まず、言葉遣いを変えた理由として小さなものから説明すると、もうじぶんを取り繕うような年でもなかろうと思ったのだ。

そう、年齢である。もうぼくはいいオッサンだということを、アピールしようと思ったのだ。

そもそも田舎の隅っこで気兼ねなく暮らしているのに、なぜかインターネットでは得体のしれぬなにかに媚びていた。

さて、この「なにかに媚びる」というのが大きなほうの理由につながる。

つい先日、農業用のあたらしいウェブサイトを作って、アドセンスに申請したら通らなかったのだ。

どうもコロナウイルスによってこれまでのようにうまくいかなくなった、という事情もあるようだが、この手の審査はなにがどうなってるのかブラックボックスでよくわからない。

いずれにせよ、何度申請しても審査に通らなかった。

このしょうもない雑記ブログと比べても、10倍ほど気合を入れたのに、である。

10倍ほど気合を入れたというのは、言い換えれば、10倍ほど得体のしれぬなにかに媚びたということでもある。

下げたくない頭を下げまくった、というような気分だ。

それだけならともかく、アドセンスの審査に落ちて数日後、メインで運営していたブログのPVががくんと下がった。

それが連動しているとは思わないのだが、ちょうどいいタイミングでグーグルにそっぽを向かれたことで、ぼくはこう思ったのだ。

もうこのようなことで一喜一憂してじぶんを失っていくのは、まっぴらごめんだ。

読んでくれている人のためとか、SEOとか、世のため人のためとか、役に立つ情報をとか、いつもニコニコ否定をせずとか、文字数とか、そういうことを一切抜きにして、原点に帰って、好きなようにただのふつうの日記を書こうじゃないかと。

もちろん、文体を変えたところでじぶんという人間が変わるわけではない。

が、これまで知らず知らずのうちになにかに媚びていたような気がして……まあそれも端的に言ってしまえば、マネタイズのためにいろいろと忖度していたということだ。

それをもうやめてしまおう。そのかわり、もうPVもどうでもよいし、アドセンス収益にも期待しない。

価値のあるコンテンツを提供するのはもうやめだ。

ぼくはもうひたすら、じぶんの書きたいように日常を書き綴っていこう、と。

これがいちばん大きな理由。

けれど、このようにしっかりと開き直ることができたのには、もうひとつだけ間接的でとても小さな理由がある。

ある人が、ぼくのことをつぶやくのをやめて、じぶんの好きなように生きることを決めてくれたからだ。

ぼくにとってそれは、また気持ちをあらたにブログを書いていこうと思えた直接的な理由ではないが、これから記事を書いていくにあたって、ひとつ心の枷がはずれたことには違いない。

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