祖父の感情

手元に本がないからわからないのだけど、たしか田辺聖子さんだったか。

世のよしなしごとなんて、へえ、ほお、はあ、と聞き流していればよい、というのだ。

どういうニュアンスで伝えていたことだったのかすら思い出せないので、うかつなことをいうとおせいさん(田辺聖子さんのことね)に失礼なのだけど、ともかく社会に対する「へえ、ほお、はあ」というそっけない態度だけが、ぼくの頼りない脳みそになぜかこびりついている。

そこで、あくまでぼくの今の考えを書くのだけど、ぼくはぼくの人生を生きるのに精いっぱいなので、社会で起こっていることや、よそで起こっていることに関しては、いちいち感情に波を立てても仕方ないし、へえ、ほお、はあと受け流すしかない。

起こっている問題の当事者として参加しているのならともかく、よそで勝手に起こっていることにまで首を突っ込んでイライラしたり、落ち込んだりしても仕方がない。

コロナウイルスが蔓延しているというのだって、ぼくが「コラッ!」と叫べばぴたりとおさまるというのなら、いくらでも怒ってしんぜようと思うが、社会に向けていくら怒ったところでどうしようもない。

どうしようもないことは、どうしようもないのである。

せいぜい、身内に向けてじぶんにできる限りのケアとアドバイスをするだけで、あとはじぶんの仕事をするようにしている。

恥ずかしながら、SNSで社会問題についてわあわあわめいていた時期がぼくにもあったけど、ああいうことで「なにかしたような気になっているじぶん」がほとほとイヤになった。

子供のころ、大阪の天王寺駅の構内で、世間からはぐれたような身なりのオッサンが階段に座りながら、社会問題のようなことをだれに向けるでもなくわあわあとわめいていた。

ぼくはあのとき、得体のしれない社会の闇を垣間見たような気がしたものだけど、SNSでひとり社会問題に対して気炎を吐いているぼくの姿はあのときのオッサンとたいして変わらないなと思う。

実社会に向けてなんの実際的な運動もしていないのに、ネットワーク空間でなにかを叫んで、なにが変わるだろう。

ぼくがやっていたことは、じぶんの考えが時代の波に乗っていればおもしろく、時代の波に乗れていなければ不満だという、表明にすぎなかった。

それに、時代の正しさは、社会の変化に合わせて爬虫類のようにどんどん色を変えてしまう。

あのときただしいと思っていたことが、今では否定されてしまうということを、ぼくは時代の当事者として実感することになった。

ほんのひと昔前まで、人間は社会の理想を実現しようとするのだろう、と信じていたのだが、どうやらはしごが外されたらしい、とわかった。

ぼくの価値観なんぞ、時代という濁流はあっさり飲み込んで、一顧だにもされない。

それにみんなずいぶん、時代に対する操がないのだな、ということも思い知った。

ぼくはもう、時代に対して立場を持つことをやめようと決めたのだ。

ただ、このマインドを共有してくれる数少ない仲間があれば、生活の中でそっと寄り添っていたいと思う。

ぼくの祖父は20代で軍人として太平洋戦争を経験しているが、戦前、戦中にはずいぶん饒舌で、明るく活発な軍国青年だったという。

それが戦後になると、寡黙で腹のうちのわからぬ人間へと変貌した。

戦後しばらくして生まれたぼくの父も、祖父が常日頃なにを考えているかを聞いたことはほとんどなかったという。

祖父の人生は、今となってはそれらのうわさ話から推測するしかないが、血をわける者としてピンとくるものがある。

祖父もまた、立場を持つことをやめてしまったのだろう。

活発な軍国青年だった祖父は、敗戦によって民主主義に変革した日本では居場所を失ってしまったのだ。

太平洋戦争以前と以降で、それまで正しいとされていた価値観が否定され、それまで間違いだと思っていた価値観こそが正義だといわれるようになった。

そのような社会にあって、祖父は立場をもって生きることがつくづくイヤになってしまったのだろうと思う。

そして生活に埋没するようになり、骨董とNHKを愛し、ひっそりと戦後社会の行く末を傍観しながら亡くなった。

ところで、祖父の感情について覚えていることがひとつある。

昭和50年ごろから60年ごろにかけて、祖父母は家の前で犬を飼っていた。

いわゆる当時の野良犬らしい風貌だったが、愛嬌があった。ぼくは子供のころ、この犬がかわいくもあり、怖くもあった。

その犬も寿命を迎えた。

祖母から伝え聞くところによると、祖父は愛犬の死から何週間も、食事をしながら黙ってポロポロと涙をこぼしていたという。

それは祖母にとっても意外なことだったのだろう。長い間、祖母は祖父のこのときの様子をことあるごとに話していた。

ふと思う。

もう祖父は十年以上前に亡くなったが、もし今も健在だったら、どこかのタイミングでまた「なにかを饒舌に語り始めていた」かもしれない。

そんな気がしてならない。

コメント

タイトルとURLをコピーしました