志村けんのいない時代

志村けんが、いなくなってしまいました。

最近、動画配信サービスで『8時だョ!全員集合』がみられたんですけど、ドリフにおける若き志村けんの役回りは、秩序を破壊する革命家なんですよね。

いかりや長介の役回りは、あるときは相撲の親方、あるときは学校の先生、あるときは大家族のお母ちゃん、あるときは鬼軍曹、あるときはお寺の住職など、秩序を取り仕切る「体制」の人間なわけです。

いかりやの抑圧的な言動に対して、高木ブーと仲本工事はしぶしぶ従いつつ、たまにいかりやをおちょくってみたりする日和見な立ち位置です。

加藤茶は志村けんほど積極的に秩序をつぶすようなことはしないけど、やはり革命家的気質をもっていかりやをおちょくります。

そこへ志村けんは徹底的な革命姿勢でいかりや支配に立ち向かう。

いかりやは終始振り回されて、じぶんの支配が思うようにいかないことに腹を立てるのだけど、腹を立てれば立てるほど志村けんに振り回されてしまう。

お笑いというのは常に革命的である必要があるし、体制におもねるようなお笑いなんて、おもしろくもなんともありません。

たとえば落語でいえば「目黒のさんま」も、そうでしょう。

当時は参勤交代の時代ですから、話に出てくる殿様はどこかの藩主なのでしょう。あるいは徳川将軍かもしれませんが、そのあたりはもちろん話の中では明らかにはなりません。

ふだん美食を重ねている殿様が、鷹狩の最中で腹が減って目黒に立ち寄り、たまたま庶民の焼いていたサンマをわけてもらって食べたのです。

するとそのおいしさに感動して、あるとき家来にあれをもう一度食べたいと所望する。

ところが家来は、サンマの炭火焼など下賤の食べ物だからと忖度して、骨がのどに刺さってはいけないと取りのぞき、カラダにさわるからと脂を全部落としてしまい、すっかりみすぼらしい姿になったサンマをそのまま出すわけにもいくまいと、汁ものに入れて差し出した。

せっかく恋焦がれていたサンマだというのに、当然あのときの感動はなく、がっかりした殿様がこれはどこで買い求めたのかと家臣に問うと、日本橋だという。

そこで殿様、合点がいったとばかりに「それはいかん。さんまは目黒に限る」と答えた、という話。

殿様も家臣も大真面目なのだけど、権力構造のこっけいさが浮き彫りになるような話です。

なんだかそんなことを書いていたら、今の日本の総理大臣とその妻のバカさと、そのバカさに振り回される官僚というのは、ほとんどかの殿様と忖度家臣みたいなものだなあと思えてきたのですけど、その話は今回は置いときましょう。

なんだか話があっちこっちいきますが、ドリフというのは不思議なグループでした。

軍歌を替え歌にしてテーマ曲にするなど、いかにも体制的で日本主義的なものへのすりよりをみせているようにみせながら、コントの内容は体制や秩序をつぶしていくような革命的なものが多い。

反権力が喜ばれる時代だったといってしまえばそれまでなんですが、志村けんはドリフから独立してじぶんが支配者側の立場になっても、いかりや長介のような抑圧的なキャラクターは演じず、目黒のさんまをさらにデフォルメしたような「バカ殿」を演じました。

それで殿様の立場でありながら、じぶんにお小言をいうような「くそマジメな重臣」をけむに巻いていくようなことをする。

いずれにせよ、志村けんという人間がこれだけ多くの人に愛されたのは、えらそうな人間から発せられる同調圧力や抑圧に対して、ユーモアと笑いでけむに巻いていくというコントのスタイルを貫き通したところにあるのだと思います。

志村けんのいない時代になってしまいました。とてもさびしいことです。

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