きのうのぼくについて思うこと

ちょっと備忘録的に、じぶんのきのうの振る舞いについて、書いてみようと思います。

といっても、反省とか後悔とか、そういうことではありません。

そのへんはもう、とっくに開き直ってます。

むしろ一夜明けてぼくはきのうのぼくに向けて、「いやあタナカくん、よくやったなあ!」とじぶんの肩を思いきりたたいてやりたいくらいなのです。

ただ同時に、「ずいぶんひどいことをしたもんだな。タナカくんはもとのタナカくんを取り戻したいなら、じぶんの問題にきちんと取り組まなきゃいけないな」とも言ってやりたい。

抑圧と爆発

じぶんでじぶんの精神のバランスがわかってる人って、どれくらいいるのでしょうか。

たとえばぼくは、これまでにどうしようもないくらいの精神の抑圧を受けていて、きのうそれを爆発させたわけだけど、あれはぼくが計算立ててやったわけじゃありません。

無軌道な怒りではなかったけど、そういうことをしようとはまったく思っていなかったわけです。

ただ振り返ってみれば、いくつかの前兆はあった。

ぼくは、じぶんの精神を追い込むようなものにかかわらずにいられれば、比較的安定していることを知っていたし、ちゃんとそれについてもツイッターで暗喩的に書いていました。

心の中では、巨大な鉄球の振り子が一方向にぎりぎりまで引っ張られていました。

鉄球が反対方向へ振り下ろされれば、向こう側には「じぶんのそうありたいと願う世界」があるのです。

ぼくはそれを必死になって止めていました。

けれど、あるきっかけでぼくは振り子を持つ手を放し、じぶんの矜持や人間関係、これまで築いていたもろくうつくしい世界を、つぶしてしまったのです。

いまでも振り子は振れ続けていますが、ぼくはもうそれを止めようとは思いません。

じつをいえば、鉄球を支える手をはなしたことで、少なからずぼくはラクになったからです。

酒を飲んでたのもあると思います。

ただあれは、酒のせいにするようなことじゃないですね。

今回に関しては、酒は触媒に過ぎなかったと思うし、むしろ酒のおかげできちんとぶちまけることができた、怪我の功名だったと思います。

まあ、それでもそれは今回だけの特殊な話で、長期的にみればやっぱりぼくはアルコールを断つ必要があるな、と思いましたが。

表面に出てはじめて気づくじぶんの暗黒面

昨夜のぼくはダークサイドに落ちたんだと思います。

いまのぼくの精神世界は、焼け野原です。

そして以前のぼくに戻りたいのであれば、心療的な治療が必要なところまできてしまったと思っています。

まあ実際には、去年からその必要性はぼんやりと感じていましたが(笑)

精神に余裕があれば、たいていのことは「どうだっていい」と他人事感覚で受け流すことができます。ところが精神に余裕がないと、あらゆる他人の言動が、じぶんに向けて放り投げられるナイフのように思えてくる。

わかってるんですよ。ほとんどの人に悪意がないことは。

これはまったきぼくの心の問題ですから、とばっちりを受けてツイッターでアカウントをブロックされた方々には「ああ、タナカはもうどうしようもない。病気なんだ」と思ってあきらめていただきたいのです。

事実、いまのぼくは病気だという自覚があります。そして心がトゲトゲになってしまっています。

でも一方で、ぼくは病気だからという表面的な理由だけでこのような突発的な行動をとったのではない、という自覚もあります。

「問題の根っこにつながっていくこと」があるので、いろんなことをじぶんの目に触れないようにしたかったのです。

じぶんの感情がどっちを向いているのか、ということを考えると、やっぱり穏やかに暮らしたいとか、調和的でありたいとか、そういうベクトルです。

これから静かにやっていられれば、振り子は次第にゆるやかに振れるようになるでしょう。そしてぼくはまたじぶんのあらまほしい世界を構築できるでしょう。

春くらいにもう一度この記事を読んでみて、「くだらないことでずいぶんくたびれてたんだなあ」と過去のじぶんを笑い飛ばしてやりたい。

そんなことを近い将来のじぶんに託して、今回の話はもうおしまいにしようと思います。

コメント

タイトルとURLをコピーしました