メーテルリンクの『青い鳥』と、「自分に起こる全てのことは、自分にとって一番良いこと」という言葉と、ぼくに起こっていたことと

こんにちは。タナカd|`・∀・´d|デス

有名な童話だと思うんですけど『青い鳥』という作品があります。

ちょっと最近、じぶんの身の回りにいろんなことがあって、ふさぎこんでいたのだけど、昨日ようやくじぶんでじぶんを救い出すことができましてね。

じぶんでじぶんに、おめでとうござい(@・`ω´・)ノマス―――──――――ゥ★(笑)

というわけで、なんだかひさしぶりにぐっすり眠れて、ふと朝になって思ったのが、青い鳥という作品がいまの心境にぴったりくるよなあ、と。

どういうことか、のんびりお話ししますよ。

Twitterからこんなブログ記事に出会えた

ぼくはTwitterではたいへんぶしつけではあるんですけども、無言フォローをさせていただいております。

とっかかりのないところでなんとかとっかかりをつくろうと思ったら、どうしても最初にこちらからフォローをしていく必要があるのでね。

それでぼくはいまポスティングのようにして、ともかくいろんな人をフォローしているんですが、ありがたいことにこんなアカウントでもフォローを返して下さる暖かい方はいらっしゃいましてね。

そんな中で、あるフォロワーさんのブログ記事を読む機会に恵まれました。

さあや💞恋する姫の味方さんのnoteの『メンタルってどう維持していますか?』という記事です。

メンタルってどう維持していますか?|さあや|note
🌸さあやに届いた悩みというより質問🌸 メンタルを良い状態で維持するのって、私すごく大切だと思うの だって毎日楽しく過ごしたいもん しかーし、私たちは何かある度にショックを受けたり、怒ったり、落ち込んだり、この世は最低だと考えたりもする 要は、メンタルを良いとこに維持出来ていると思ったら、途端に急降下させること...

ぜひ実際に読んでいただきたいんですけど、この中でたいへん刺さった言葉がありましてね。

自分に起こる全てのことは、自分にとって一番良いこと

たとえば、イヤなことがあったとき、崩れそうになるメンタルをよい方向へ維持するにはどうすればいいか。

そのためには、ものごとをどうとらえるかが大事なんじゃないかとおっしゃるんです。

つまり、以下のように考える。

自分に起こる全てのことは、自分にとって一番良いことだって

記事の中では、たしかにずしーんと気持ちが落ち込むような出来事が起こっていました(笑)

場合によっちゃなにかに当たり散らすような気持ちにもなりかねないくらい。

でも、じぶんに起こるすべてのことは最良である、と信じることで、じぶん以外のだれかに思いやりを持つ心のゆとりが生まれるのだというんですね。

なんかね、ちょうどじぶんに今起こっていることとつながっていくような気がして、ちょっと驚いたんですよ。

人を傷つけ、傷つけられる日々

ぼくは最近、人を傷つけてしまいましてね。

それで巡り巡りながらぼく自身も傷つけられ、気分的にはどん底だったんです。

おそらく相手方はぼくのせいで、たいへん不愉快な気分を味わったことでしょう。どれほど憎まれても仕方ないと思います。

まあそんなこんなで、自責の念やら実際に責められるやらで、八方ふさがりだったわけですけども(苦笑)

そこでさっきのブログ記事を読んで、こう思ったわけです。

「はあ、なるほど。こんなじぶんの行動や、いまじぶんの身に起きていることも、最良なのか」

と。

じつはぼく、今年後厄でしてね(笑)

そういうことって意識すると、あらゆることを「いまは悪い時期だから」ということで片づけたくなるんですよ。

さらに悪い時期だから、悪いことがどんどん起こるぞ、という考え方になります。

で、実際昨日まで、精神的にこれまでないくらいの負荷がかかっていたし「さすが厄年だなあ」というような状態でした。

一回だけの人生の「いま」を、どうとらえるか

でも、じぶんの人生は一回こっきりでしょう。

今起きていることは、宇宙の果てまでたどっても、じぶんという人間と人格が経験する一回だけのものです。

厄年だろうがなんだろうが、いま生きているじぶんに起こっていることが最良でなくてなんであろう、という考え方は、筋が通ってるんですよね。

で、それで、開き直っちゃった(笑)

ぼくは人の気持ちを傷つける悪党の一面があったわけですが、なにも通り魔的にやってるわけじゃありません。

ぼくにはぼくの言い分もあります。でも結果的に、ぼくに非があったと思うんです。

考えだしたらそんなもん、どこまででもぐるぐる堂々巡りしちゃうようなことです。

そんな中でぼくがしたことも、されたことも最良だったと考えるなら、「これからぼくが行うことも、きっと最良」ということになるのでしょう。

けっこうワガママな考え方ですけどね(笑)

でもいちばん重要なのは「たとえワガママだろうとなんだろうと、ぼくはぼく自身で、じぶんの人生が最良なものになるように、じぶんの心を救い出していかなければいけない」ということだと思ったんですよ。

それで、もうじぶんでじぶんの心をいじめるようなことはやめようと思ってね。

そういう思考パターンにはまるようなことにかかわるのもやめようと決めて、実際そのように行動しました。

そして、『青い鳥』

青い鳥という童話は、チルチルとミチルのきょうだいが、魔法使いに頼まれて、幸福の象徴である青い鳥を探し求めて、それぞれ独立した不思議な世界をさまようんですね。

それで、それぞれの世界に青い鳥はいるんだけど、持ち帰ることができないんです。

さまざまな世界を訪れては、一生懸命青い鳥を手に入れるのに、持ち帰ろうとするとダメになる。

そんなことを繰り返しているうちにじぶんの家に戻ってしまって、チルチルとミチルは落胆するんですが、ふとじぶんたちの部屋の鳥かごをみると、そこに青い鳥が。

と、カンタンにいうと、そんな話です。

『青い鳥』についてコトバンクからちょっと引用します。

青い鳥(あおいとり)とは - コトバンク
ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 - 青い鳥の用語解説 - ベルギーの劇作家 M.メーテルランクの夢幻的童話劇。5幕 10場。 1908年モスクワ芸術座で初演,翌年刊。チルチル Tyltylとミチル Mytylの兄妹は,クリスマス・イブに夢を見,妖精に導かれて幸福の象徴「青い鳥」を求めて幻想的世界をさまよい歩...

チルチル Tyltylとミチル Mytylの兄妹は,クリスマス・イブに夢を見,妖精に導かれて幸福の象徴「青い鳥」を求めて幻想的世界をさまよい歩く。幸福は外部にではなく,みずからの心の内に宿るとするモラルを骨子とし,作者の夢と詩がみごとに融合した傑作。

「幸福は外部にではなく,みずからの心の内に宿る」

このキーワードを読んで、ハッとしたんですよ。

青い鳥は心の中にいる

ぼくね、ずっとその考え方を忘れてましたよ。

ここ最近のぼくは、幸福はじぶんで努力して手に入れるか、運が良ければ向こうからやってくるものだとばかり思ってました。

だから、この一年のぼくは、じぶんで幸福を手に入れようとがんばってるのに、するする手のうちからこぼれちゃうし、向こうから幸福がやってくることもないしで、ものすごく疲れてたんです。

なんにも、思うようにいかない(笑)

努力がことごとく空回りして、幸福がじぶんにそっぽをむいてどこかに行ってしまったようにも思えました。

じぶんがひどく無意味な存在で、空っぽになったしまったような気さえしたものです。

でもそれは、幸福はじぶんの心の中にもともとあるという考え方がすっぽり抜けていたんですね。

「今年後厄だから、じぶんの身にはきっと悪いことばかり起こるはずだ」というのもそうですけど、じぶんの心の中を悪いもので満たしていくような考え方や行動をしてたよな、と思ったんです。

それで結局じぶんの気持ちに余裕がなくなって、人を傷つける行動となってあらわれたんだろうな、と。

最後に

再度さきほどのブログ記事の言葉になって戻ってきます。

自分に起こる全てのことは、自分にとって一番良いことだって

この言葉は、じぶんの心の中にはいつも幸福の青い鳥がいるということと似てると思うんです。

じぶんの行動の結果が思うようにいかなかったり、悪いことにつながってしまうようなことは、避けようがないです。

でも常にじぶんの心には青い鳥がいて、じぶんに起こることはどんなことでも最良である。

すくなくとも、じぶんの心をそのようにして救っていかないと、じぶんが生きていけないですからね。

そう考えることによってじぶんが救われて、結果、少しじぶんがラクになれば、それは他人を思いやる心のゆとりにつながっていく。

なんだか、ぼく以外の人は、わざわざこんなふうに理屈にしなくても、経験的にこういうことをきちんと実践しているんじゃないかな、という気もしますが(笑)

今回はたいへん、よいことを教えてもらえました。気がラクになりました。

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