ひと昔前の山間集落のコメ作りとはどんなものだったのか、まとめてみた

こんにちは。雑記ブログ同好会のタナカd|`・∀・´d|デス

ぼくは今けっこうな田舎で暮らしてるんですが、何年か前に昔ながらのコメ作りをしたことがありました。

今だったら圃場整備された広大な田んぼに、乗用のトラクター、田植え機、コンバイン、乾燥機などを駆使して、人間のチカラを極力はぶいて工業的に管理しますでしょう。

それでも山間農地ではいまだにそのひとつ前の世代の、人間のチカラが必要なコメ作りをしている方がおられるのです。

ぼくの祖父の年齢に近いくらいの方たちから教わった貴重な経験を、今回は書き留めたいと思います。

今より少し昔のコメ作り

昔はいまみたいに圃場整備されていない小さな田んぼばかりでした。

家族がじぶんたちの食べる分のお米を作るというのが主流で、そのためのコンパクトな機械に需要があったという時代には、このようなコメ作りが行われていました。

荒起こし

そんな田んぼにディーゼルの耕運機をいれて荒起こしをします。あとで代掻きをしますから、野菜をつくる畑の土みたいに細かく砕いてやる必要はありません。

代掻きと畔塗

田んぼに水を入れたら、代掻きをします。

耕運機やトラクターを利用して、水と土を攪拌して、どろどろの泥を作る作業です。

機械がなかったころは、お金のある農家は牛を利用して代掻きをしていたといいます。

さらにどろどろになった田んぼの土を利用して鍬で畔塗をします。

いわゆる左官のような作業ですね。

代掻きと畔塗がなぜ必要なのかというと、田んぼの水持ちをよくするためです。

イメージとしては、泥で稲を育てるための器を作っていくような感じでしょうか。

田植え

そしてようやく水の抜けない田んぼができたら、田植えです。もちろん手で植えます。

なんの目印もつけずに、まっすぐ植えるのはむずかしいし、作業効率も落ちてしまいます。

そこで人によっては端から端にロープを張って目印にしたり、竹などで作った道具を利用して筋付けをおこなったりします。

こちらは小谷堂本店さんの『明日の為に田んぼに筋付けたよー(2)』というブログ記事なんですが、筋付けをおこなう道具の写真が掲載されていました。

代かき後の様子です - 小谷堂本店:楽天ブログ
日曜は代かき日和でして、丹念に手で均しましたよ!上の写真がその結果です。 そのままの柔らかさでは田植えに支障が出るからちょっと干しています。 今は干し終えて薄らと水が張ってある田になっています。 代

小雨の中、田植えに備え泥の面に植えるときの目安の筋を引く作業を行いました。
レーキの先端に竹のヘラを付けた物を想像してもらうといいでしょう。
1尺2寸間隔に7本のヘラが取り付けられています。

たいへんわかりやすい説明だと思いました。この道具でいわば田んぼに線を引いていくんですね。

それで無事に田植えが終わったら、収穫まで肥料や水の管理に追われます。

刈り取り

無事に刈り取りのシーズンがきたら、鎌で稲穂を刈り取ってもいいのですが、ここはバインダーという手押しの機械を利用します。

これがけっこう変わった機械なんですよ。

ある程度稲穂を刈り取ったら、専用の麻の紐でぐるっと縛って、無造作にボンっと放り出してくれる機械です(笑)

自走式なのでこれを手で押しながら、もみのついた稲の束を作っていくんですね。

百聞は一見に如かず。ぜひ以下の動画をごらんください。

クボタバインダーRJN35で田んぼの端を刈り取り

これもその機械がなかったころは、前年に収穫を終えて保存してある稲わらを利用して、人の手で結んでいました。

はざかけ

この作業が終わったら、はざかけです。

巨大な物干し竿、というのがわかりやすいと思いますが、乾いた田んぼに三脚をたてて、枝を切り落とした竹を物干しざおのようにひっかけます。

地域によっては、鉄でできた専用の三脚を使うところもあります。

そこへ、さっきバインダーでまとめた稲の束をひっかけていきます。

2013年の稲刈り・はざかけ

天気に合わせて一週間ほど、お米を天日で乾燥させるんです。乾燥させすぎてもいけませんし、水分が多すぎるのもいけません。見極めがむずかしいところです。

ハーベスター

はざかけが終わったら、ハーベスターの出番です。

これがまた変わった機械なんですよ。

稲の束の穂がついた部分をローラーに入れると、もみを外して袋に入れてくれるという、それだけの道具です(笑)

キャタピラのようなクローラーのついた自走式の機械で、これを田んぼまで運んでいって作業するんです。

刈り取り後田んぼでハーベスターで脱穀 科学映像館

今だったら刈り取りと籾取りはコンバインがいっぺんにやってしまいますが、昔はバインダーとハーベスターとふたつの機械を利用していたんですね。

長い長い作業の末、これでようやく、袋に入ったもみができましたよ(笑)

ちなみにハーベスターがなかったころは、「足踏み式脱穀機」だとか、もっと昔は竹で作られた千歯こきなんてのが利用されていました。

懐かしい足踏式脱穀機

以下はあの農業メーカーのクボタさんの『時代とともに変化した「脱穀(だっこく)」するための道具』という記事ですが、このあたりのことが詳しく書かれています。

まとめ

稲籾を取り外して玄米にしたり白米にするのは、今ではもう機械を利用するのが当たり前になりました。

が、昔は食べる分だけ少しずつ手作業で籾を外して食べていたようです。

半世紀もさかのぼると、お米に細かい石が入っているということもけっこうあったようで、今のようになんの引っ掛かりもなくご飯が食べられるということも当たり前ではありませんでした。

今回紹介したのは、大規模で工業的なコメ作りが主流になる手前の時代の話です。

各家庭で田んぼを作るのが主流だった時代には、こういった機械を使っていたんですね。

もちろん今でも山間集落や、大きな機械の入らない棚田などではこういった作り方をしているようです。

お米は日本の食を支える大事な文化ですが、いざじぶんでやってみて、お米を食べるまでの苦労がよくわかりました。

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