「お札」「お守り」とは結局のところほんとうにわれわれを守ってくれるのか、考えてみた

こんにちは。タナカです。

今年ぼくは厄年の中でも本厄です。もちろん来年は後厄になります。

それで、どうも今年一年を振り返ってみると、偶然だとは思うんですが、気になることがたくさんあったんですよ。

今日はちょっとそんな、ぼくの厄年あれこれ話と、じぶんを災厄から守ってくれるお札やお守りについて考えてみたいと思います。

ぼくの厄年

友人の夫が突然亡くなった

今年の夏、ぼくの大学時代からの友人女性の旦那さんが、突然亡くなったと知らせがありました。

そんなことがあるんだろうか、とがっくりきました。友人には子供もおり、いきなり大黒柱を失った家族のことを思うと、いまでも胸が張り裂けそうになります。

年の瀬に、ほかの友人たちと一緒に、彼女に会いに行く機会に恵まれました。

彼女は気丈にふるまっていましたが、悲しみを胸いっぱいにためこんでいるのは、話していればわかります。

ぼくらは子供たちと一緒に夕食を作って食べ、深夜まで友人と語り合いました。

人懐こくてかわいらしい子供たちも、つらい経験をしたことで時折表情を曇らせることはあったものの、終始にこやかでうれしかったものです。

いろいろな話を聞いている中で、ぼくが男の厄年であるということに話題が及びました。

旦那さんも後厄だったのだそうです。それで旦那さんは、厄ということを気にするからいけないんだといって、厄落としなどはしていなかったんだというのです。

そして友人は、そういうこともちゃんとしておいたほうがいい、とぼくに言いました。

ぼくは旦那さんとまったくおなじ考えでした。

ところがこの話をしてからというもの、そういうことを気にしないといってたくせに、ぼくはほんとうのところ、ものすごく気になってしまったのです(笑)

アトピー

ぼくは去年の末ごろからひどいアトピーに悩まされていて、肌の状況が非常に悪かったのです。

原因がまったくわからなくて、あれやこれやと対策をして、ステロイドクリームを塗る毎日だったのですが、なかなかきちんとよくなってくれませんでした。

空気清浄機、部屋中の掃除。換気。静電気の防止、乳酸菌の摂取などなど、なんとなくよさそうなものも片っ端から試していたのです(笑)

ところが結局、原因は単なるビタミン不足でした。

ぼく、けっこう体格がいいんですが、昔開腹手術を受けてから、たまにおなかが炎症を起こすことがあって、抗生物質を飲むことがあったんです。

それで腸内細菌が死ぬと、肌の健康を保つビタミンB群が不足することがあると知ったんですね。

それじゃあマルチビタミンでも飲んでみるか、と思って試したら、一週間もしないうちに見事にかゆみがおさまったんです。

 

それがちょうど夏ごろの話で、そこから友人の旦那さんの死など、いろいろなことが重なってきました。

生活環境の変化

うちの父はまだ70歳と、今の長寿社会の中では若いといっていい年齢だと思うんですが、数年前から体調を崩して、それにともなって気力が減退してしまい、年末に肺炎にかかって入院しました。

今どきの肺炎はそれですぐ命に係わるということはないようですが、昔はこれで命を落とす人が多かったみたいですね。2週間以上入院して、ようやく帰ってこれたと母から連絡を受けたとき、これから親の面倒をみるのはぼくの役割だなと思いました。

今ぼくは親と離れて暮らしていますし、今の暮らしをそれなりに気に入ってはいるのですが、生活環境をこれから変えていくことについて、真剣に考えねばならない時期にきたようです。

「自立した親」としてかかわるのではなく、「支えていく親」という形で生活をしていくにはどうすれいいか、悩ましい問題です。

一度に問題が訪れる

「いやきみ、厄年というけど、人間だれだってそれくらいのことはあるよ」と思うかもしれません。

たしかにその通りです。

でもぼく自身の感覚では、人生でこれだけ面倒ごとが一年中立て続けに起こったというのはめずらしいように思えます。

ひとつひとつの問題が間隔をあけているのであれば気にならないんですが、どうも一年中ひっきりなしに問題が起こり続けているという感じで、実際にはブログでは書けないような苦しみも別にあったりします(笑)

それで、厄年を気にするからほんとうに厄年になってしまうんだ、という理屈で考えていたぼくがですよ?

いま、やっぱりこれだけのことがまとまって起こるというのは厄年だからなのかな、と思うようになってきました(笑)

気になるのなら厄除けをしよう

ぼくは本格的な厄除けをするほどお金持ちではないので、厄除けのお札やお守りを氏神様の神社で買うことにしようと思っています。

でもそこで気になったのが、お札やお守りって、いったいどういうことなんだろうということなんです。

当然、身もふたもないことを言ってしまえば、スピリチュアルな、信じる者は救われるというようなことだと思うんですが、すがる以上は意味合いくらいは知っておきたいじゃないですか(笑)

そこで、調べてみました。

お伊勢さんに詳しいことが書かれてありました

こちら、伊勢神宮のホームページにはお札やお守りについて書かれてありました。

お神札とお守りのなぜ|教えてお伊勢さん|伊勢神宮
伊勢神宮のお神札とお守りについてわかりやすくお答えします。お神札やお守りの取り扱い方など豆知識を学べます。お伊勢さんとして親しまれる伊勢神宮へぜひお参りください。

内宮と外宮のお神札やお守りに違いがあるのか、という問いに対する答えが以下になります。

内宮は天照大御神あまてらすおおみかみさま、外宮は豊受大御神とようけのおおみかみさまのご神徳を頂いていることが違います。
天照大御神さまが本来のお力を発揮されるためには、御饌都神みけつかみである豊受大御神さまのお力が必要です。お守りも是非内宮と外宮を合わせてお持ちください。

またこちらのページではお神札、お守りの授与品があって、そこにこのようなことが書かれてあります。

神札ふだ、お守りは神宮と皆様とを結ぶ大切な絆です。

なるほどなあ。

お守りやお札は、神様とわれわれを結ぶきずななのか。

昔なにかの本で読んだことがあるのですが、神道は、日本人であれば洗礼も帰依もなく、もうそれだけで受け入れてくれる風変わりな宗教なのだそうです。

日本の国の成り立ちと深く結びついているからこそでしょうね。

だから、結局のところはっきりした形ではなく、信心ということになるんですけどね。

せっかく日本人なのだから、そんなものは非科学的だといって排除するよりは、「厄年であるということが気になって心がとらわれてしまったのなら、お札やお守りで神様に見守っていただこうじゃないか」というくらい柔軟な考え方でいいのかもしれません。

お守りに有効期限はあるのか

こちらの「雑記帳 思いつくままに」さんの『お札、お守りに有効期限はあるのか?(2016/1/2)』という記事に、おもしろい表現がありました。

お札、お守りに有効期限はあるのか?(2016/1/2)
お札、お守りは防虫剤とは違います。本来有効期限などない筈です。 ある神社の神主さんの話では「本来は有効期限といったものはありません」 又お札は祈願して、神様の依代(よりしろ:神霊が寄りつくもの)として お授け頂くものだそうです。頂いたお札は自宅でお祀り(安置)します。 言い換えれば神様のミニ出張所みたいなものではないで...

お札、お守りは防虫剤とは違います。本来有効期限などない筈です。

お札、お守りは防虫剤じゃない、というたとえはユーモアたっぷりです。

さっきの伊勢神宮では、一年の最初にあたらしいものをそろえるということは古くからのならわしです、という理由で、一年に一度お札やお守りも交換しようということでした。

ただ本来お守りは信心の拠り所なのだから、大事にさえしていれば、いつまで持っていたっていいはずです。

たとえば、お守りがじぶんの悪いものを吸収して、一年が終わるとその悪いものがだんだん染み出してきてわるさをする、というようなことであれば、そりゃあ縁起も悪いので交換しようということになるのでしょうけど、さすがにそんなことはどこにも書かれてありません(笑)

記事はこのように結ばれています。

でも「今年一年家族みんなが健康でありますように!」とお願いしたお札は、
一応今年が終わったら有効期限切れかも知れません(笑)。

そのとおりだと思います。じぶんの心で約束したことですから、それをきちんと守ろうというのは、考え方としてまっとうです。

考え方のバランスの問題

結局、人間として生きるのはものすごくバランス感覚が必要だと思うんですよ。

それで、わるいことが重なったり、しんどい状況が続くと、どうしてもバランスが崩れちゃうでしょう。

で、よくよく考えれば、信心も形はありませんけど、ふだんの生活で、じぶんにいいことが起こったりわるいことが起こるのも、形はないわけです。

たとえば「突風が吹いてけがをした」ということに、なにかその原因に形があるかといわれれば、運がわるかったとしか言いようがありません。

で、そういうことが重なると人間はどこまでもわるいことばかりが自分の身にこれからも際限なく降りかかってくるような不安に襲われるものです。

そういう運がわるいという問題に対して、お札やお守りで、じぶんの心のバランスを保てるよう拠り所にするというのは、おかしな考え方ではないんだろうなと思ったのです。

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